大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)477号 判決

東京都中央区銀座東三丁目二番地

上告人

ケー、ウエルトヘルム

同都港区芝田村町四丁目七番地

猪狩利喜三

右両名訴訟代理人弁護士

林徹

同都足立区千住一丁目七番地

被上告人

木村茂夫

同都板橋区常盤台三丁目八番地

亡平塚安造承継人

同 平塚かつよ

同所

同 承継人

同 平塚和子

同所

同 承継人

同 平塚和枝

右当事者間の契約金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二八年五月一日言渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人林徹の上告理由第一点について。

被上告人平塚かつよ等三名が平塚安造の訴訟承継人であることは、原判決に当事者として表示されていることによつて明らかであり、また原判決は理由冒頭において右被上告人等の請求が正当であつてこれを認容すべきであると判示しているのであるから、上告人等において右被上告人等に対し金員支払義務のあることを判示し、上告人等にその支払を命じたものと解し得られる。そして、特段の説示のない限り原判決は第一審判決が平塚安造に対し支払を命じた金員を平等に分割した割合をもつて右被上告人各自に対し支払を命じた趣旨と解すべきである。原判決は、その理由に第一審判決を引用したのみで、右被上告人等が亡安造の権利を承継した関係を明示しなかつたのは粗雑の嫌を免れないが、右被上告人等が安造の相続をした旨の原審における被上告人等の主張は、自ら同人等のみが相続人であり均分相続をした趣旨の主張と解し得られ、上告人等は右相続の事実を自白したものであるから、原判決がかかる争のない事実に基き前記のように被上告人等に対する支払を命じたのは、結局正当なので所論は破棄の理由とならない。

同第二点について。

被上告人平塚かつよ等三名の先代たる被控訴人安造には訴訟代理人安藤信一郎があつたのであるから、右安造が死亡したからとて、直ちに訴訟手続は中断しない。従つて、所論のように民訴二一八条二項による受継の裁判をしなければならぬものではない。もつとも記録によれば、被上告人等三名代理人は原審において「受継申立」(記録一九一丁)の書面を提出しているが、訴訟手続が中断しない場合でも当事者は、訴訟承継の事実を明らかならしめる申立をすることができるので、右書面はかかる申立と解すべきものである。

同第三点及び第四点について。

上告人等主張の所論事実は、被上告人等が訴外阿部敏雄に対し本件保証金返還請求権を有しないことの事情として述べられたものと解し得られるのであるから、原判決の引用した第一審判決が保証金返還請求権の存在に関する点を除いて総て当事者間に争がないと摘示し、右返還請求権の存続していることを証拠により認定している以上、原判決は所論のように争ある事実を争のないものと判示したものでもなく、立証責任の法則に反する判断をしたものでもないので論旨は理由がない。なお、引用の判例はすべて本件の場合に適切でない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二八年(オ)第四七七号

上告人 ケー・ウエルトヘルム

外一名

被上告人 平塚かつよ

外二名

上告代理弁護士林徹の上告理由

第一点 原判決には審理不尽又は理由不備の違法がある。

第一審裁判所は昭和二十六年五月九日「被告(上告人)は原告(訴外平塚安造)に対し、金十万円及び右金員に対する昭和二十五年一月一日から右支払の済むまで年五分の割合による金員を支払うべき」旨の判決を言渡し、第二審裁判所は昭和二十八年五月一日「本件控訴はこれを棄却する」旨の判決を言渡した。而して「第一審原告平塚安造は昭和二十七年三月十六日死亡し、被上告人平塚かつよ、同平塚和子、同平塚和枝においてその相続をした」旨原判決の事実摘示中に判示されてはいるが、同被上告人等が訴外平塚安造と如何なる身分関係に当り如何なる割合でその相続をしたか、同人等以外にその相続人がないかについては何等判示していないし、同被上告人等が平塚安造の訴訟承継人なることも原判決に表示されていない。また判決主文にも判決理由中にも上告人が被上告人平塚かつよ、同平塚和子及び平塚和枝に対し金員支払義務があることについて何等の判示がない。従つて原判決は上告人に対し死亡者たる平塚安造に対する金員支払を命じたものであり、死亡者に対し、冥途まで金を持参して払えというが如き不能の給付を命ずる裁判である。従つて原判決には理由不備又は、審理不尽の違法あるものといわざるを得ない。

第二点 原判決は民事訴訟法に違反して受継についての手続を誤つた違法がある。

被上告人平塚かつよ、同平塚和子及び平塚和枝は第二審裁判所に受継の申立をしているが、その前に既に前記第一審判決の言渡があつたのであるから、第二審裁判所は民事訴訟法第二百十八条第二項によりその受継について裁判をすることを要する。然るに第一審及び第二審の裁判所はこれについて何等の裁判をしていない。抑々受継申立を理由ありとする裁判は、判決後にされる点で附加的裁判であるが、その性質からいえば中間裁判に準じたものであつて、これに対して独立して不服を申立てられず、却つて終局判決と共に上級審の判断を受くべき裁判である(同旨兼子一氏判例民事訴訟法二六二頁、菊井維大氏判例民事手続法四八頁)。その受継の裁判は第一審の終局判決に方向を与える意味で実質的には終局判決の一要素をなすものであり、従つて第一審判決と一体となつて、第二審裁判所の判断を受くべきものであるから、もし第二審裁判所がその口頭弁論終結前に受継の裁判をしないときは、第二審判決において受継の裁判をなすべきものである。そうしないと第一点摘示の如く死亡者に対し冥途に金を持参して支払えとの不能の給付を命ずるが如き結果となるからである。然るに第二審口頭弁論終結前たる昭和二十七年三月十六日に平塚安造が死亡したことによつて訴訟手続が中断し、被上告人平塚かつよ、平塚和子及び平塚和枝が第二審裁判所に受継の申立をしたのにかかわらず第二審裁判所は受継の裁判をせず、昭和二十八年五月一日言渡の第二審判決においても、その受継について何等の裁判をしていない。これ遺脱せるものである。しかも、第二審判決は第一審判決とその訴訟当事者を異にしている。即ち第一審裁判所の原告は木村茂夫の外平塚安造であり、第二審裁判所の被控訴人は木村茂夫の外平塚かつよ、平塚和子、平塚和枝の三名である。この三名が平塚安造の相続人なることを被控訴人等が主張したことのみは第二審判決事実摘示において記載されているが、判決理由中は勿論、当事者表示その他第二審判決の如何なる箇所にも、受継の裁判をしたこと、及び右被控訴人三名が平塚安造の訴訟承継人なることについて何等の判示がない。従つて原判決は民事訴訟法による受継の手続を誤つた違法がある。

第三点 原判決は判例に違反して争のある事実を争がないと判示し、この事実を証拠によらず認定したものであつて理由不備の違法がある。

原判決が当事者に争ある事実につき、これを争なきものと判示し証拠によらないで事実を認定したときは理由不備の違法あるものとして上告理由あるに帰し、原判決は破毀を負れないことは最高裁判所昭和二十四年(オ)第二〇八号、昭和二十六年三月二十三日の判決の存するところである。本件第二審裁判所は判決理由においていきなり「被控訴人等の本訴請求は正当であつて、これを認容すべきである。その理由については原判決の理由の説明は正当として首肯しうるからこれを引用する。」と判示し、第一審裁判所はその判決理由冒頭において「原告等主張の請求原因事実はその主張のような各保証金返還請求権の存在に関する点を除いて総て当事者間に争がない」と判示している。然し上告人(第一審被告、第二審控訴人)等は第一、二審において被上告人等主張の保証金返還に関する契約自体の存否を争つているものである。即ち被上告人等は第一審判決事実摘示の通り、「(三)訴外阿部敏雄に対し原告木村は二十一万円、原告平塚は二十万円の各保証金返還請求権のあることを確認し、原告両名は各自原告に対し右請求権を譲渡し、その譲渡に必要な手続をすること、但し、被告又はその指定人は原告等の代理人として右各債権を取立てることもでき、その場合には取立金は被告の所得とすること。(四)右(二)の金員(本件金員支払を含む)の支払は同(一)(建物の一部)の明渡と同(三)の保証金返還請求権の存在を条件とし、右保証金の立替払としてするものであること等の条項を含む契約をし」たと主張し、上告人等はこれに対し右契約は原告等が被告等に無断で阿部敏雄より転借せる建物の一部の転貸借の敷金(保証金名義)を被告ウエルトヘイムが阿部敏雄のため立替支払うこと次の条件の下に約束したものである。即ち阿部にその敷金返還義務があること、原告等がこれを立証すること、原告等よりその敷金債権を同被告に譲渡する手続をすること等を条件とするものであり、その敷金は転借人たる原告等が転貸借終了後転貸借契約に基き負担せる総ての債務を履行した後でなければその敷金の返還を請求し得ないものなること上告人等の昭和二十六年三月十一日附準備書面(第一審判決添附)及び昭和二十六年七月十九日附並に昭和二十七年六月二十一日附各準備書面に基き第二審裁判所で主張したところである。然るに第一、二審判決はこの点について、「当事者間に争がない」ものとして証拠によらないで原告等主張事実を認定している。この点について上告人等は昭和二十七年六月二十一日附準備書面において右主張をすると共に「阿部敏雄と被控訴人等との間の転貸借が何時如何なる理由により解除せられたか、転借人等たる被控訴人等が何時賃料を支払つたか、被控訴人等が賃料、損害金その他の債務がない等の事実を被控訴人等において主張立証することを要し、これをなさざる限り本訴請求は失当であると主張している。然るに第二審裁判所はこれらの点について何等の釈明をしないで上告人等敗訴の判決の言渡をしたのは理由不備の違法がある。

第四点 原判決は判例に違反して立証責任の法則に反する判断をなした違法がある。

本訴請求は敷金(保証金名義)の立替契約の履行を求めるものであるが、敷金については「賃貸借終了ノ場合ニ賃金ノ延滞アルトキハ其ノ賃金は弁済期ノ至リタル順序ニ従ヒ、当然敷金中ヨリ弁済ニ充当セラレ賃借人ハ不履行ナキコトヲ条件トシテ敷金ノ返還請求権ヲ有スルモノ」であり、「賃借人ハ賃貸借契約終了後該契約ニ基キ負担セル総テノ債務ヲ履行シタル後に非ザレバ敷金ノ返還ヲ請求シ得ベキ時期到来セザルモノナルコト敷金ノ性質上明」であり(大審院大正十五年七月十二日判決、民集六一六頁)、本件保証金は右敷金と同一の性質をするものである。また本件契約はもし阿部敏雄にその敷金返還義務があるとすると、上告人ウエルトヘイムが阿部のためこれを立替えて支払う契約がある。而して同上告人は昭和二十四年十月十一日被告等に右敷金中各十万円を阿部のため立替支払うに当り、乙第一、二号証を以て「右金員を同上告人が阿部敏雄のため立替支払つたものであつて、万一被告等の阿部敏雄に対する右全保証金の返還請求権の全部又は一部が存しないときは、その範囲内において同上告人より右立替金の返還請求を受くるも異議ありません。被上告人等はその保証金債権が存在することを立証する責任を負います」旨確約した。このことは上告人等が前記各準備書面にも記載して第二審裁判所において主張したところである。然るに第一、二審判決は右敷金返還義務の有無を判断するに当り、右上告人等主張の点についての判断を遺脱し、右敷金の性質を誤解し、右立証責任の特約に違反して上告人等敗訴の判決の言渡をした。即ち阿部敏雄と被告等(平塚安造及び木村茂夫)との間の本件建物転貸借契約及び何時如何なる理由で終了したかを明にせず(これが存続せば敷金返還請求はできないこと右判例により明かである)、右立証責任の特約に違反し、立証責任の法則にも違反して事実を認定している。「当事者ノ一方ニ於テ相手方主張事実中ノ一部ハ之ヲ認メ、爾余ノ部分ハ之ヲ否認スル場合……、其ノ一部ハ合致スルモ爾余ノ部分ハ合致セザル或事実ヲ積極的ニ主張スル場合……ノ如キモ結局相手方ノ主張ハ全体トシテ之ヲ否認スルモノニ外ナラザルガ故ニ……、所謂抗弁ヲ提出スル場合トハ全ク其ノ選ヲ異ニスルモノアリ、従テ此ニ在リテハ抗弁事実ノ立証責任ハ其ノ提出者ニ存スルニ反シ一般ニ在リテハ相手方ハ先ヅ其ノ主張事実ヲ立証スルノ責任アルヤ言ヲ俟タズ」(大審院昭和三年一〇月二〇日判決民集第七巻九二九頁)。然るに原判決は前記の争ある事実につきこの立証責任の法則に違反して事実を認定し、且つ「賃貸借契約の終了の際に賃貸借存続中の延滞賃料並に賃貸借終了後の賃料相当の損害金の支払を免れんとせば之が支払済なることに付きての主張並に立証に付きては、賃借人たる上告人に其責任あるものとす」(大審院昭和一一年一一月二日判決、法律評論二六巻民法三六頁)。然るに阿部敏雄と原告等(平塚安造及び木村茂夫)との間の本件建物の転貸借につき、その賃料を支払つたことは原告等の主張立証しないところであり、「その債務を履行した後でなければ敷金の返還を請求し得べき時期到来せざるものなること敷金の性質上明」であるから(前掲大審院大正一五年七月一二日判決)、原判決が阿部敏雄より原告等に右敷金乃至保証金返還義務ありと認定したのは立証責任の法則に違反した違法がある。

よつて原判決は到底破毀を免れないものと信する。

以上

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